夕風日記

子育てを中心に、日々のあれこれを綴ります。居心地の良い毎日を模索中。イラスト好きです。

引っ越して1年、人付き合いについて

去年の桜↓

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今年の桜↓(散り始めてます。同じ場所)

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引っ越してきて1年が経ちました。

息子の入学、娘の転園先の進級式、引っ越しの片づけなど張り詰めた毎日だったと思います。

 

今は、子供たちはこの街にすっかり慣れて、元気に学校や幼稚園に通っています。

私も一年前とは違って体調も心もよくなりました。もう服薬しなくてもいいのでは!と思うほど。でも医師の話ではまだ数か月は必要だそうです。勝手にやめてぶり返したりしないようにしなくては。

 

人間関係について

引っ越してきたころは人とのかかわりは極力避けて一人でのんびりする時間が必要でした。

だから友達はいらない、と思っていました。関わりが増えるとそれだけ悩むことも増えると思っていたから。

過去に人間関係で心が擦り切れてしまうことがあったからです。それは自分のとらえ方にも問題があったのですが…。

 

一線を引く、ということができない自分がいました。他人は他人、と思えなくて人と比べてひどく落ち込んだり、いやなことを言われたらずっと引きずっていました。今の自分の発言で人を不快にさせたかも?自慢に聞こえたかも?どうしよう、と気にしてしまい、ネットでよく似た事例を検索するほどでした。また人の悩みは自分の悩みのようにひどく落ち込むことも。

 

ある時、人のことを気にせず我が道を行くタイプの友人に聞いたことがあります。4つ年上でした。

「いやなことを言われて腹が立ったり悲しむことはある?」って。

直接的な質問だったと今では恥ずかしくなりますが(^^ゞ

 

すると「もうこのくらいの年齢になると、たとえそういう人がいても『へ~、そういうこと言う人がいるんだな~』と思うだけよ」と言いました。

なるほど、そうやって受け流すことができるのかぁ、と思ったことがあります。

 

この一年でそんな友人に少し近づけた気がしています。年齢も彼女に近づいてるのもあるけど、鬱を乗り越え(かけ)てきたから、だとも思います。

自分は自分、他人は他人。だと。

そう思えるようになってきた頃、ポツリポツリと新しい友人がこの街でもできるようになりました。

子供関係の友人ができるとは思ってもみなかったのです。いつのまにか居心地のいい数人の友人ができました。

 

友人ではないけど、通っている整体の先生、化粧品屋の店員さん、お気に入りのパン屋のご夫婦、名前も知らないけどよくすれ違うご婦人、スーパーでテキパキと働くパートのおばちゃん。

その人たちに会うのが当たり前で、元気をもらったり、ほっとしたりする。

 

一年住んでみて自然となじんだ人間関係。

自分は人が好きなんだと思いました。人が好きだけど、きちんと一線を引く。自分が今大切なことを一番に。

大切なことって、家族が元気で楽しくいること(自分も)。

 

人間関係で悩むことは今後も出てくると思います。でも「そんなに落ち込むこともないよ、それより大切なことがあるんじゃないの?」といつかの自分に言いたい。

 

自分のことを大切に思ってくれる、信頼してくれている人は必ずいることを忘れないようにしたい。

 

桜を見て思ったことでした。